2011年7月5日火曜日

根底に流れる気持ちは必ず外にあらわれる

数日間の復興大臣のお粗末な様相は
なんともやりきれぬ思いだけを残し
夏の暑さの疲れとともに
身体にまとわりつく感じだ。

彼の言動は
国民をなぜあんなに不快な思いにさせたのか。

彼は、完全に上から目線だった。

上から目線、というのは
自分は高いところから見ているわけなので
当事者意識がないということだ。
自分は特別な高い位置にいるわけだから。
その気持ちが「お客が来た時には先に来て待っているべき」
という、自分を「お客さま」と勘違いしてしまう言動に
なったのではないだろうか。

もちろん、上からな気持ちなので
命令口調にもなるだろうし
〜してやる、〜してやらない、の口調にもなるだろうし、
とにかくエラそうなのだ。

自分としては
被災地のことを考えたからこその
叱咤激励のつもりなのかもしれないけれど、
そもそも、上から物を見ている段階で
被災地のところまで降りてきていないし
寄り添うなんてほど遠い。
そして、
偉い自分をお迎えをしないなんて失礼じゃないか
という見当はずれな話が一番重要なことのようになってしまう。

上から見下げられた私たちは
極めて不快な思いをし、
顔も見たくない、とおもった。

根底にある気持ちは、言葉や態度を通して
必ず外に出てくる。

自分の気持ちを正すことは、
どんなときでも大切なことなのかもしれない。
自分は上から目線になっていないか。



 ※応接室でお客様を出迎えなければならないということは
 必ずしも当てはまらないようにおもう。応接室に案内されて
 しばらくして迎える側の方があらわれるということは、
 ビジネス上珍しくはないことだとおもうのだが。
 その辺の違和感も不快さを増す原因なのかもしれない。

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